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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(行ツ)23号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人西村日吉麿、同水島林の上告理由第一点について。

本件土地を自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)に基づき国から売渡しを受けた補助参加人が売渡処分により右土地の所有者になつたと信じるのは当然のことであつて、特段の事情のないかぎり、その者は、右処分、買収計画、買収処分等に瑕疵のないことまで確かめなくても、その占有の始め無過失であつたと認めるべき旨の原審の説示は正当である(最高裁昭和四〇年(オ)第一四五二号同四一年九月三〇日第二小法廷判決・民集二〇巻七号一五三二頁、昭和四六年(行ツ)第四六号同四七年一二月一二日第三小法廷判決・民集二六巻一〇号一八五〇頁参照)。そして、原審の適法に確定するところによると、補助参加人はもと本件土地の正当な小作人であつたというのであり、また、上告人が前示特段の事情についてなんら主張立証していると認められないことは原審の指摘するとおりであるから、補助参加人が本件土地の占有の始め、過失がなかつたものというのほかはない。原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実を前提として原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点について。

原審の適法に確定するところによると、本件土地は、国が自創法に基づき、買収処分により上告人から買収し、売渡処分により補助参加人に売渡したものであるが、補助参加人は、売渡通知書を受領した昭和二七年四月一〇日頃から、本件土地を所有の意思をもつて、平穏、公然に占有し、その占有の始め、善意、無過失であつた、というのであり、上告人は、本件訴えにおいて、被上告人を被告として、本件土地の所有権を回復するために、本件土地の買収計画の取消しを求めているのである。

思うに、自創法に基づき土地の買収及び売渡しがされた場合においては、右買収及び売渡しに関する処分につき重大かつ明白な瑕疵のないかぎり、被買収者は、右土地の所有権を喪失し、売渡しの相手方がこれを取得するのであるが、被買収者が右買収に関する処分に対し取消訴訟を提起し、その取消判決が確定したときは、遡つて、被買収者は、右土地の所有権を回復し、売渡しの相手方は、当初からその所有権を取得しなかつたこととなるのである。したがつて、売渡しの相手方は、売渡しに基づいて右土地を一〇年間所有の意思をもつて、平穏、公然に占有し、その占有の始め、善意、無過失であつたときには、右取消判決の確定とともに占有の始めに遡つて他人の不動産を占有していたこととなり、民法一六二条二項所定の時効取得の要件をことごとく充足するに至るものと解されるのである。そして、右時効取得を妨げるためには、その時効期間の経過する前に、売渡しの相手方につき時効中断の効果を生ずべき事由の存することを必要とするところ、本件買収計画の取消訴訟は、行政庁を被告として提起されたものであつて、占有者たる売渡しの相手方を被告として提起されたものではないから、右の事由にはあたらず、他に右の事由の存することは上告人の主張しないところである(被買収者が時効中断のためとりうる措置としては、売渡しの相手方を被告として買収に関する処分の取消しを条件とする土地の返還、所有権取得登記抹消等の原状回復請求の訴え又は右取消しによつて土地所有権を回復すべき法律上の地位に関する条件付権利の確認の訴えを提起する等の裁判上の請求をする方法があるのであるから、被買収者の保護に欠けるところがあるものとはいえない。)。

そこで、本件訴えの利益について考えるに、行政処分の取消訴訟は、その取消判決の効力によつて、処分の効果を遡及的に失わしめ、右処分によつて侵害された原告の権利利益の回復を図ることをその目的とするものであるから、右取消しによる権利利益の回復が不可能となつたときには、もはや取消しを求める訴えの利益は存しないことになるものというべきところ、前示の原審確定の事実によると、本件土地の売渡しの相手方である補助参加人は、昭和二七年四月一〇日頃から本件土地を所有の意思をもつて、平穏、公然に占有し、その占有の始め、善意、無過失であつたというのであつて、その時からすでに一〇年間を経過していることは明らかであり、しかも、補助参加人が本件訴えにおいて本件土地の時効取得を主張しているのであるから、仮に本件訴えにおいて買収計画の取消判決がされてそれが確定したとしても、前に説示したところによれば、本件土地の所有権は、補助参加人に時効取得されてしまうものというべきであり、したがつて、右取消判決によつて、上告人が本件土地の所有権を回復することは、もはや不可能となつたものといわなければならず、本件土地の所有権の回復をその利益とする本件訴えは、その利益を否定するほかはない。なお、所論は、国に対し損害賠償を請求するために、本件訴えの利益を認むべきであるというが、違法な行政処分に関し損害賠償を請求するにあたり右処分の取消しを得ておく必要はないから(最高裁昭和三五年(オ)第二四八号同三六年四月二一日第二小法廷判決・民集一五巻四号八五〇頁参照)、これにより、本件訴えの利益を肯定することはできない。

それゆえ、本件訴えは、その利益を欠くものであるとして、これを却下した原審の結論は、結局正当である。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立脚して原判決を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田 豊)

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